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04月

地球温暖化曲線の系譜(4)カレンダーの発見

気候は一定の状態のまわりで揺らいでいる、という専門家の認識があるなかで、一人の英国の技術者(英国電気産業連盟研究協会、蒸気機関技師)、Guy S. Callendar、の興味を刺激したのは温暖化の影響を報じる新聞や雑誌の記事だった。地球が暖まっている実態を解明する面白さが、素人の彼を熱心な気候の研究者へと駆り立てた。当時、観測データには質的な検査に十分注意が払われていなかったため、グラフを描いたとしても、観測値が不規則に変動する結果をみて恐らくその先をあきらめたことだろう。

カレンダーは綿密な解析に取り組んだ。多数の気象観測所のデータを収集して質の良いデータを抜き出し、現在のようにコンピューターは使用せず紙と鉛筆で計算するという作業に膨大な時間を費やした。これらの作業は、熱機関技術者としての業務とは別にプライベートな時間に行われた。彼の膨大な記録ノートのコレクションがEast Anglia大学に保管されている。

解析結果は、論文にまとめられて1938年に発表された。論文のタイトルは「二酸化炭素の人為的な発生とそれが気温に及ぼす影響」であり、アレニウス以来の温室効果の理論を、進行中の気温上昇に結びつけて議論したものである。初めて公表された地球の平均気温の時系列を図1に示す。私たちが現在目にする時系列変動の曲線と比較すると、フリーハンドで描いた頼りない曲線に見える。しかし、この曲線が当時の人々、特に気候学者達に与える衝撃は大きかった。彼は、結論の一つとして、地球の平均気温が1890年から1935年にかけて疑いなく上昇したと述べた。この上昇温度は0.5℃に近い値だった。

図は論文の後半部分に挿入されていて、人間活動から排出された二酸化炭素の影響を実証するために使われている。この意味で、論文は優れた先見性を持っていた。論文の反響は、彼自身に、さらにもっと大胆な考えで研究を進めるべき確信を抱かせた。

カレンダーは、後日、観測地点の数を増やし、全球平均だけでなく帯状平均値や季節ごとの平均値を発表した(Callendar, 1961)。彼の時代には、まだ海洋上の観測データを使用していない。現在広く認められているデータベース(CRUTEM4)の中からカレンダーが解析の対照とした緯度帯の陸上のデータを抽出して作成した曲線と、カレンダーが作成した曲線との比較結果を図2に示す。1961年の曲線とCRUTEM4を使った結果者の相関係数は0.92と非常に高かった。

論文が世に出た1938年ころはどのような世相だったろう。まず1914~1918年の第1次世界大戦と1939~1945年の第2次世界大戦に挟まれている。1940年にはドイツ軍がポーランドへ侵攻し、イギリスを含む連合国はダンケルクの戦いで撤退を余儀なくされた。ロンドンは頻繁にドイツ軍の爆撃を受けたが、霧の発生とドイツ軍の爆撃との関係があった。カレンダーはこの頃、軍事に関わる霧の発生・消散の研究に従事した。

カレンダーの地球規模の気温変動に関する業績については、Hawkins & Jones(2013)にまとめられている。概要は次の通りである。1938年の論文が発表されると、化石燃料の燃焼で生成された二酸化炭素が地球の気温を上昇させる現象は「カレンダー効果」として知られていた。気温上昇の原因の一つである、都市のヒートアイランド効果の影響についても研究した。観測地点の場所を市街と郊外に分けて解析したところ、市街地で気温が高まる効果は全球の平均気温には影響しないと結論づけた。しかしサンプルの数は少なかった。ヒートアイランド効果の影響については、後にIPCCが詳細な検討をおこない同様の結論を導いている。また、国際地球観測年の事業で1958年に有名なマウナ・ロアにおける二酸化炭素濃度の長期観測が始まったが、これには、カレンダーが先鞭を付けた地球温暖化人為起源の実証ともいうべき研究が役割を果たした。

カレンダーの晩年にあたる1962年と1963には、ヨーロッパの気候は一転し冬は厳寒に襲われた。重い足取りで、道路に積もった雪をシャベルで除雪する彼の姿があったという。1970年代になると再び地球温暖化曲線は上昇を始めるが、それを知ることなく1964年に彼は世を去った。変動する地球の気温と同じように、カレンダーの生涯も波乱に富んでいたことがうかがわれる。

参考論文
  • Callendar, G.S., 1961: Temperature fluctuations and trends over the earth. JRMS, 87, 1-12, DOI: 10.1002/qj.49708737102.
  • Hawkins, E. and Jones, D., 2013: On increasing global temperatures: 75 years after Callendar. QJRMS, 139. DOI: 10.1002/qj.2178.
  • Global Warming Science And The Wars: Guy Callendar http://hubpages.com/hub/Global-Warming-Science-And-The-Wars
図1 カレンダーが1938年に作成した地球温暖化曲線

図1 カレンダーが1938年に作成した地球温暖化曲線

 

図2 カレンダーの曲線(実際には折線)と最近のデータベースから求めた曲線の比較

図2 カレンダーの曲線(実際には折線)と最近のデータベースから求めた曲線の比較

 

地球温暖化曲線の系譜(3)自然の揺らぎそれともトレンドをもった変動?

1900年代の始め頃に時代を戻そう。当時から、気象学の最も興味ある問題の一つに、数年~10年程度で地域的な広がりをもつ気候変動が知られており、原因としては大規模な大気循環の揺らぎにともなった現象として考えられていた。ちょうどこの頃、1911年と1920年の10年間に中央ヨーロッパの冬が異常な温暖化を示した。

これに興味をもったBrooks(1923)は、1911年から1920年の1月、2月、12月の平均気温を何地点かについて長期平均値(1851年から1910年の平均値)を比較した。すると、デンマークからバルカン半島にかけた広大な地域で3°F(約1.7℃)を超える高温が出現していた。ブルックスは、この温暖化現象が「ブリュックナー周期」のアナロジーで説明できると考えた。だたし彼自身が述べているように、ブリュックナー周期は過去において高温より低温をもたらすものとして認められている。

そこで仮説を交え、19世紀以降の太陽黒点数(大気循環の強さを示す指標)の減少が、副産物として亜熱帯大西洋高気圧とアイスランド低気圧の気圧傾度を減じさせたとした(実際、1911年~1918年の期間にアイスランドとリスボン間の平均気圧傾度が21.2mbから19.5mbに減少)。このアイスランド付近とアゾレス諸島付近をそれぞれ中心として両者の気圧場がシーソーのように変化する現象は、1920年代になり「NAO:北大西洋振動」と名付けられた。これに類する現象は、後に、テレ・コネクションとして広く知られるようになる。

暖冬が起こるプロセスとして、亜熱帯大西洋高気圧とアイスランド低気圧の間の気圧傾度の弱化と同時に、大西洋から吹く南西風の弱化が起こり、その結果、冬のヨーロッパでは低気圧の移動が少なく暖冬が現れると、ブルックスは考えた。この仮説は暫定的なものだったが、ブルックナーの35年周期の考えを基に提案された点は、「気候」という概念がどのように認識されていたかを知るよい材料である。

ここでブリュックナー周期について、Henry(1927)の論文を参照し、簡単に説明しておこう。スイス・ベルン大学の地理学者ブリュックナーは、1890年に、気候は平均して35年の周期で変動することを発見した。この数値は驚くほど確度が高く、もともとの論文を読んだ人なら誰でも取り扱ったデータの豊富さに圧倒されるだろう。ただし、周期の計算のもとになった証拠の大多数はヨーロッパの記録であった。それらは次の通りである。すなわち、(1)カスピ海水位、(2)出口の無い湖沼や海水位、(3)河川水位、(4)降水量、(5)気圧、(6)気温、(7)ブドウの収穫時期、厳しい冬の頻度、氷河の前進・後退、などだった。

その後1930年代になると、平年値より高温になる現象についてさまざまな記事や逸話がやりとりされ始めた。例えば、アメリカ気象局の気候部と作物気象部の長官は、1934年に次の様に述べた。「爺さんが子供だった頃には毎年冬は今より寒く、雪も深かったものだ」このような経験談は何よりも決定的だ、と。アメリカ東部と世界中のあらゆる場所に分散している多く観測点の気温を平均した結果、気象局が見つけたのは「爺さん」の話が正しく、1865年以降、多くの地点で平均気温が数度上昇したことだった。専門家達はこれが単純な周期的上下変動の一部と考えた。このような考えに従い、現在進行している「気候変動:Climate Change」は、気温が一定の方向性をもって上昇する現象でなく、一つの長期周期の変動であり「一般の気候の揺らぎの一部」と認識した。

引用文献
Brooks, C.E.P., 1923: A period of warm winters in Europe. Monthly Weather Review, 51, 29.
Henry, A.J., 1927: The Bruckner cycle of climatic oscillations in the United States. Ann. Association of American Geographers, 17, 60-71.