1940年以前の地球規模の平均気温に、人間活動の影響つまりヒートアイランド効果が含まれていたかどうか、の議論にはあまり意味が無い。むしろ、ヒートアイランド効果が含まれていた、と考えるのが自然だろう。その後の統計解析から明らかになるのだが、長い気象観測の歴史のなかで、人間活動が及ぶ地域に観測点を設けることが一般であった。当初は規模の小さな街で観測を開始した場合でも、時代の経過とともに都市に発展した結果、温室効果ガス濃度上昇の効果とは異なる要因による気温上昇が観測値に影響するのではないか。そのような印象を与えるようになったのは自然のことだった。
地球温暖化が注目され始めたカレンダーの時代(1960年代)になると、の地球規模の平均気温を解析する科学者達は、自分たちはヒートアイランドの効果をよく知っており、影響のある観測地点のデータは除去したので、懸念される点は十分考慮されていると考えた。観測データをどのように取り扱ったか、それ自体を注意深く議論することが重要になった。これには忍耐のいる解析を必要とし、議論は一見すると地味で退屈なものだった。
海洋上の観測データを取り扱うことができるようになると、都市化の影響を考慮しつつ、最も精力的に研究に取り組んだグループの一つはイギリスのジョーンズらだった。Jones et al.(1986)は、海洋データの不均質性はまだ十分に取りきれていない可能性があるが20世紀における全球規模の気温変化の全体像を歪めるものではないとしつつ、図に示した曲線を示した。縦軸は1970年代10年間の平均気温からの偏差、曲線(a)、(b)、(c)はそれぞれ北半球、南半球、全球の平均値の曲線である。南半球の気温変動は北半球より小さく、一様に昇温が続く様相を示している。
曲線(c)は、地球全体を代表するものとしてひときわ興味ある。134年に及ぶ時間経過のなかで温暖化が現れ、高温年の上位5位までが1978年以降に起こった。昇温する傾向は間違いないが、1930年代後半と1970年代中ごろに一端上昇が止まる時期が認められた。この要因として、温室効果ガス濃度の上昇だけでは説明できない外力の影響があると、彼らは考えた。このうちの後者については、「(12)ハンセンの結論」のなかでも述べた。
ジョーンズらの研究が掲載されたのは、Natureという有名な科学雑誌である。Natureに投稿される論文は、すでに理論の基礎部分に一定の評価が与えられているものが多く、このため比較的短くまとめられている。彼らの研究のデータベース構築の部分は、先行する別の論文で詳細に議論されたものであったが、この論文はNature論文としては比較的ページ数が多い。
ジョーンズらが導いた結論に対して、Wood(1988)が疑問を投げかけた。論点は、解析に使用した観測地点の選択や補正方法についてである。ウッドが投稿した学術雑誌はClimate Changeで、当時、発刊して10年ほど経過した中堅の雑誌であった(現在ではインパクトファクターが高い雑誌の一つ)。この雑誌では、当時注目度が高まりつつある気候変動を主題とした論文が多く取り上げられており、そのなかで議論の的の一つは都市の昇温であった。
ウッドの主要な指摘は次の様である。ジョーンズらは、自ら陸上のデータの質を向上させるためさまざまな補正を行ったが、都市にある観測点のデータに対して、特定時期の人口を基準とした区分をおこなって解析した。この点に関して、郊外が都市へ発展するには一定の時間がかかるので、ジョーンズらのように都市か郊外かの判定を特定の時期を基準におこなうのは合理的でないことを指摘した。すなわち、地球の平均気温はそれほど上昇していないのではないか、という立場である。
参考資料
- Jones, P.D., T.M. Wigley and P.B. Wright: Global temperature variation between 1861 and 1984. Nature 322, 430-434, 1986
- Wood, F.B.: Comment: on the need for validation of the Jones et al. temperature trends with respect to urban warming. Climatic Change, 12, 297-312, 1988