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2015年

地球温暖化曲線の系譜(3)自然の揺らぎそれともトレンドをもった変動?

1900年代の始め頃に時代を戻そう。当時から、気象学の最も興味ある問題の一つに、数年~10年程度で地域的な広がりをもつ気候変動が知られており、原因としては大規模な大気循環の揺らぎにともなった現象として考えられていた。ちょうどこの頃、1911年と1920年の10年間に中央ヨーロッパの冬が異常な温暖化を示した。

これに興味をもったBrooks(1923)は、1911年から1920年の1月、2月、12月の平均気温を何地点かについて長期平均値(1851年から1910年の平均値)を比較した。すると、デンマークからバルカン半島にかけた広大な地域で3°F(約1.7℃)を超える高温が出現していた。ブルックスは、この温暖化現象が「ブリュックナー周期」のアナロジーで説明できると考えた。だたし彼自身が述べているように、ブリュックナー周期は過去において高温より低温をもたらすものとして認められている。

そこで仮説を交え、19世紀以降の太陽黒点数(大気循環の強さを示す指標)の減少が、副産物として亜熱帯大西洋高気圧とアイスランド低気圧の気圧傾度を減じさせたとした(実際、1911年~1918年の期間にアイスランドとリスボン間の平均気圧傾度が21.2mbから19.5mbに減少)。このアイスランド付近とアゾレス諸島付近をそれぞれ中心として両者の気圧場がシーソーのように変化する現象は、1920年代になり「NAO:北大西洋振動」と名付けられた。これに類する現象は、後に、テレ・コネクションとして広く知られるようになる。

暖冬が起こるプロセスとして、亜熱帯大西洋高気圧とアイスランド低気圧の間の気圧傾度の弱化と同時に、大西洋から吹く南西風の弱化が起こり、その結果、冬のヨーロッパでは低気圧の移動が少なく暖冬が現れると、ブルックスは考えた。この仮説は暫定的なものだったが、ブルックナーの35年周期の考えを基に提案された点は、「気候」という概念がどのように認識されていたかを知るよい材料である。

ここでブリュックナー周期について、Henry(1927)の論文を参照し、簡単に説明しておこう。スイス・ベルン大学の地理学者ブリュックナーは、1890年に、気候は平均して35年の周期で変動することを発見した。この数値は驚くほど確度が高く、もともとの論文を読んだ人なら誰でも取り扱ったデータの豊富さに圧倒されるだろう。ただし、周期の計算のもとになった証拠の大多数はヨーロッパの記録であった。それらは次の通りである。すなわち、(1)カスピ海水位、(2)出口の無い湖沼や海水位、(3)河川水位、(4)降水量、(5)気圧、(6)気温、(7)ブドウの収穫時期、厳しい冬の頻度、氷河の前進・後退、などだった。

その後1930年代になると、平年値より高温になる現象についてさまざまな記事や逸話がやりとりされ始めた。例えば、アメリカ気象局の気候部と作物気象部の長官は、1934年に次の様に述べた。「爺さんが子供だった頃には毎年冬は今より寒く、雪も深かったものだ」このような経験談は何よりも決定的だ、と。アメリカ東部と世界中のあらゆる場所に分散している多く観測点の気温を平均した結果、気象局が見つけたのは「爺さん」の話が正しく、1865年以降、多くの地点で平均気温が数度上昇したことだった。専門家達はこれが単純な周期的上下変動の一部と考えた。このような考えに従い、現在進行している「気候変動:Climate Change」は、気温が一定の方向性をもって上昇する現象でなく、一つの長期周期の変動であり「一般の気候の揺らぎの一部」と認識した。

引用文献
Brooks, C.E.P., 1923: A period of warm winters in Europe. Monthly Weather Review, 51, 29.
Henry, A.J., 1927: The Bruckner cycle of climatic oscillations in the United States. Ann. Association of American Geographers, 17, 60-71.

 

地球温暖化曲線の系譜(2)フーリエからアレニウスの時代

地球が温暖化しているという考えは、観測と理論の両者が互いに補償し合って成立するようになった。この経緯は、近代科学の発展の歴史そのものといってよいだろう。地球環境が変わりつつあることを感じはじめていた時代に、地球温暖化曲線はそれ自身が万人の興味をそそるものであり、気候学者や気象学者にとっては曲線の質的向上が重要な研究テーマになっていた。現在では、地球温暖化曲線は今世紀末まで予測されるようになり、緩和策(温室効果ガス濃度の抑制技術の開発)や適応策(広範な生態系への影響予測・評価と対策技術の開発)の議論の基礎となっている。

地球温暖化曲線にとって、いわゆる夜明け前の時代が、フーリエ(Fourier)、チンダル(Tyndall)、アレニウス(Arrhenius)が活躍した19世紀中頃から終わりにかけてと考えてよいだろう。最初に登場するFourier(1824)は、地表面の効果を除外して地球を包む大気中に取り込まれる熱について研究し、大気の温度が太陽から地球に到達する放射エネルギーのみで計算するより高温になる(大気が存在しなければ、地球の温度はいわゆる放射平行温度(約-18℃)になるが実際には15℃に保たれている)理由について初めて議論した。この現象は温室効果に他ならない。しかし彼の研究は、確かな結論に到達しなかった。フランス語で書かれた論文は1836年にアメリカで英訳された。

その後、イギリスの物理学者Tyndall(1861)は、二酸化炭素など特別な気体が赤外線を効率的に吸収する事実を実験的に示し、フーリエの研究以降多くの科学者の興味の対象となっていた大気の熱的特性に関する問題に一つの答えを与えた。すなわち温室効果ガスの発見である。彼は、いわゆるチンダル現象を発見した人物でもある。

スエーデンの著名な物理化学者Arrhenius(1896)が、Tyndallほかの結果を使い二酸化炭素の増加に対する全球気温の感度を推定した。このように、長期の気候変動に温室効果ガス濃度の上昇が影響することが指摘された。しかし現在知られているような、人為的な化石燃料燃焼が大気中の二酸化炭素濃度上昇の原因であることにはまだ言及されていなかった。アレニウスの研究は、近年の気候変動の解明のほか氷河期のように長期に及ぶ大規模な気候変動の解明に対して、むしろ大々的に利用されたようである。これに関して、同郷の友人であるEkholm(1901)が「地質学と過去の歴史からみた気候の変動とその要因」という論文で、彼の主張の裏付けとなる重要な証拠の一つにアレニウスの考察を引用している。

しかし、大気中の二酸化炭素濃度上昇で気候が変わるという説はまだ広く知られていない時代だった。この報告の核心である地球規模の気温変動を示す曲線が世に出るのは、1938年のCallendarの論文まで待つことになる。

引用資料(前回の文献も含む)
Arrhenius, S., 1896: On the influence of carbonic acid in the air upon the temperature of the ground. Philosophical Magazine, 41, 237-276.
Ekholm, N., 1901: On the variations of the climate of the geological and historical past and their causes. Roy. Meteorol. Soc., Meteorologiska. Ceq tral-Anstalten, Stockholm.(タイトルはスエーデン語の英訳)
Fourier, J., 1824: General remarks on the temperature of the earth and outer space. Annales de Chemie et de Physique, 27, 136-167.(タイトルはフランス語の英訳)
IPCC, 2007: Climate change 2007 – The physical science basis. Cambridge Univ. Press, 996p.
Mann, M.E. et al., 1999: Northern hemisphere temperatures during the past millennium: inferences, uncertainties, and limitations. Geophysical Res. Letters, 26, 759-762.
Tyndall, J., 1861: On the absorption and radiation of heat by gases and vapours. Philosophical Magazine Ser.4, 22, 169-94, 273-285.

光環の考察 3月10日

AWS2015:03:13 21.19.47 IMGP2435 - コピー             (上)3月10日13時の光環現象の写真(角田様撮影)   (左)藤沢AWSの2週間データ図の中央あたりが3月10日13時で湿度30%気温12℃、南風10分間平均風速7m/s、最大瞬間風速15m/sと読めます。

当日未明から6時頃まで小雨が降っており、7時頃になって雲が急速に消え、乾燥したやや温かい強い南南西風が入ってきています。光環の背景に高層雲がわずかに残っていますが、輪の形がやや縦長であるので、花粉が原因していることも考えられます。(※花粉光環については「空の輝き」サイト参照)

局地天気図気圧2015:3:10:日本時13時 ウェーザーニュースの局地天気図(気圧)を引用しています。神奈川県北部に局地的な小低気圧があります。藤沢は西南西風です。地上天気図2015:3:10:日本時12 時                                                                                                                                       (左)気象庁の3月10日12時地上天気図です。東北地方の低気圧に日本海側の低気圧が合体しようとしています(爆弾低気圧に)

 

 

 

 

 

 

(下)北半球500hPaの高層天気図です。強い寒冷渦が東北地方上空にある。

500hPa高層天気図2015:3:10:日本時12時

光環(コロナ)

今日は、上空に寒気が入って、とても大気が不安定なようですね。午前中、隣市の海老名駅まで行ってきましたが、急に大粒の雨が降ってきました。こちらもどん どんと低層の雲が増えてきています。太陽の周辺は青空が広がっていましたが、気づかないほどの雲粒があるようで、珍しい大気光象が見られました。撮りたて の画像をお送りします。撮影地:藤沢市用田 日時:2015.3.10 午後1時前後
角田宗夫
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地球温暖化曲線の系譜(1)はじめに

19世紀後半以降の世界平均気温の推移をみると、人々は1930年代には顕著な温暖化に直面していたことがわかる。1960年代になると、天気の専門家達が過去20年間に渡り寒冷化が起こったことを発見した。気候がこのように深刻な振舞いをするという,それまでにない懸念が生まれ,1970年代になると何人かの科学者がそのまま継続して地球は徐々に寒冷化することを予測した。当時この要因について,長期間を考えた場合に自然におこる周期現象,あるいはその当時産業から排出する量が増大したスモッグや煤塵などの大気汚染物質の影響と考えた。その後、大規模な火山噴火などが寒冷化の原因になることが明らかにされる。

一方、寒冷化を支持する科学者達以外は,そのような大気汚染の効果は一時的であり、温室効果ガスの排出が長期的には温暖化をもたらすと指摘した。寒冷化にせよ温暖化にせよ,彼らは自分たちの知識が限られていて、どちらの予測も推定の域をでないことも認識していた。しかし、その後の気候システムの理解の速度はめざましかった。1970年代後半に、温暖化が卓越するという見方は寒冷化論との論争に打ち勝ち、主に北半球の現象として現れた寒冷な期間は一時的かつ限られた地域の変化とされた。温暖化は21世紀に入っても続き、海洋の深部まで影響が及び気候システムに顕著な変化が起こったことが明らかにされた。

過去1000年以上に及ぶ北半球の平均気温変動を図に示す。上図はMann et al. (1999)によるもの、下図はIPCC第4次評価報告書(2007)がまとめたものでより再現精度が高い。下図の茶色はプロキシデータから求めたもので濃度が濃いほど確率が高く、黒線は気象観測データによる変動を示す。図には、中世の温暖期(1000年前後に現れた高温期)とその後の小氷期(1400年~1800年を中心にした低温期)、全期間を概観した場合のホッケースティック型の気温上昇、1940年代~1970年ころの気候ディミングなどを読み取ることができる。さらに最近では、気候ハイエイタスが現れ、地球の気候は消して平均値の周りを周期的に変動するものではないことがわかる。

このシリーズでは、The discovery of global warming(http://www.aip.org/history/climate/20ctrend.htm#M_8_)を参考にしながら、これまでに手元に収集した論文を手がかりにして、地球規模の気温変動曲線の系譜をたどる。なお昨年、「地球温暖化の科学的な根拠-観測と研究の歴史」(トップページのトピックスに「地球規模の気温上昇の研究史」)を連載したが、このシリーズではより広範な視点で、気温変動曲線の背景となった出来事や研究者達の論争に注目して解説する。

上図(Mann et al., 1999),下図(IPCC, 2007),本文中参照

上図(Mann et al., 1999),下図(IPCC, 2007),本文参照

梅の開花

2月11日(晴れた暖かい日)、藤沢市片瀬で梅の花が開花しました。写真は4日後に、かなり開花が進んだ状態です。近隣で梅の花を観察すると、例えば南向きの壁の近くに植えられている場合は、すでに5分咲きほどの開花状況です。これは、太陽光が壁に反射すると同時に、夜間に壁から熱が放出される効果により、つぼみの表面が熱エネルギーを吸収した結果です。つぼみ周辺の空気の温度(気温)も高まりますが、放射の効果が大きく効いているはずです。まだまだ気温は低く、寒さに耐えつつ咲く梅の花は、桜の花よりも控えめで我がことのようで好みです(?)。カレンダーをみるともうすぐ3月です。皆さんの近くでは、梅は開花したでしょうか。桜のつぼみはいかがですか。

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北極からの直送便

先日2月5日の大雪情報は見事に外れました。実は南岸低気圧が発生したのは四国沖。一応発達しながら八丈島付近を(少しばかり遠いのか?)離れて抜けていった。期待していた寒気を運んでくる高気圧は停滞し南下してこない。それなのにそれなのに〜何故?大雪情報を流し続けたのか。昨年の大雪災害を予測できなかったショックが大きいのか、それともこういう時は少し大げさに予報を出そうという判断が優先されるのか?。もう少しはっきり説明して欲しい。素人でもこのくらいはわかる。

ところで明日2月9日は今年最強の寒気がやってくる。今冬は何度「最強の寒波」を聞いたことか?。「北極からの直送便」。北半球の500hPaの高層天気図を見ると、確かに日本に向かっている。直送便だから新鮮?!なんだそうです。今日は小田原で雪が降った。藤沢AWSは22時現在で2.4℃です。これから気温がぐんぐん下がっています。そして10日早朝氷点下になりました。

北半球500hPa高層天気図気象庁:2月8日21時(日本時間)

北半球の500hPaの高層天気図(約上空5800m)

(図の中央が北極点、左端がフィリピン、北極から伸びる気圧の谷Lが日本上空に直接伸びている。北太平洋のHがブロックしている。)

20150209-10data藤沢AWS

9日17時頃から10日7時まで急激気温低下。この間の風向の変化に注目。

温暖化防止講演会のお知らせ

未来の地球をくらしから-「食」をキーワードに考える-

2月28日(土曜)14時~16時、湘南NDビルで開催されます。入場無料です。講師は慶應義塾大学の行木先生、藤沢市地球温暖化対策地域協議会の川崎さんです。案内 をご覧下さい。

今回は、若いお母さん方にも参加して頂くよう、公演中保育施設を利用できるようになっています(要事前申し込み)。興味のある方は、是非ご参加ください。